最高裁判所第一小法廷 昭和23年(れ)566号 判決 1948年8月11日
主文
本件上告を棄却する。
理由
辯護人吉村孫一上告趣意について。
本件有毒飮食物等取締令違反については、故意犯として處罰したものではなく、過失犯として處罰したものであることは、判文上少しも疑はない。それ故、本件では被告人に有毒飮食物(一立方センチメートル中に一ミリグラムを超えるメタノールを含有しているアルコール)たることを過失によって知らずして林信晴に譲渡したか否か、すなわち被告人が通常人の注意義務を怠ったため有毒飮料たることを知らずして譲渡したか否かが問題の焦點となる。そこで近時アルコール中にメタノールを含有するいわゆるメチルアルコールを飮用して生命身體に危害を受けた事例は頻々として新聞紙上其の他にも報道せられ、かかる飮料が危險物であることは一般通常人に知れ渡っているものと解すべきである。それ故、該飮料の製造元も明らかでなく又その性質も判然としていないアルコールを飮料用として他に販賣せんとする者は、適當な檢査所で有毒物の有無の檢査を受ける等確実な方法によってその成分を檢査し、飮用に供して差支ないか否かを一應確かめた上飮用者の生命身體に不測の危害を起さしめないように注意すべきことは、まさに通常人の義務であると言わなければならない。ましてや、本件においては、占領軍田奈分遣隊の人夫をしていた被告人が同分遣隊東谷倉庫内保管の物品を窃取し飮料用として販賣したものであって、被告人が前記注意義務を怠ったものであることは、明らかである。論旨は、それ故に理由がない。(その他の判決理由は省略する。)
よって、刑訴第四四六條に從い主文のとおり判決する。
この判決は裁判官全員の一致した意見である。
(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎)